医師から国際公務員(1)JPO応募まで

「先生こんど、ニュージーランド行くんですか?」
−−いえ、ニューはニューなんですけど、多分ニューデリーの聞き間違いかなぁ・・・。

退職の噂が広がってから、院内ですれ違うたびに、ちょっとずつピントのずれたやりとりを続けるこの頃です。

村の診療所からWHOへ

総合診療医として9年勤めた信州を離れ、インド・ニューデリーにあるWHOの東南アジア地域事務所(SEARO: Regional Office for South-East Asia)に赴任することになりそうです。中学卒業と同時にギャップイヤーをとってインドやネパールの山の中を放浪したときの強烈な原体験からあっという間に18年。

高校、大学と9年勉強して医師になってみたら、実は日本にだって医療が十分に行き渡らないへき地や、お金や保険や滞在資格がないために医療を受けられない人々がいるという現実を目の当たりにしました。海外の話をする前に、まず足元の日本できちんと仕事をして学ぼうと、あっという間に9年が経ちました。

心の中では守りに入って、「もう海外に出て仕事をすることはないだろうなぁ」と漠然と感じ始めた33歳。35歳の年齢制限までに一度だけ応募してみようとJPO試験を受けてみたら、様々なご縁が重なってか、拾って頂けることになりました。

手探りのJPO応募

試験を受けて一番心細かったのは、医師でJPO制度を使った方の情報はウェブ上ではお一人しか見つけられなかったこと。JPO制度を使ったという知人も周囲におらず、応募は文字通り手探りでした。

この記事でJPO試験の経過についてシェアすることで、日本で臨床をしている医療職の方が、JPOとして国際機関で働くことを現実的な選択肢として考えてもらえるようになったらいいなと思います。

34歳、非帰国子女、海外勤務経験なし、子持ち。

どれもJPO試験には不利な属性ばかりのはずなのに採用していただけたのは、JPOの予算自体がここ数年増えて相対的に倍率も下がっていること(2004年は30倍だったのが、昨年は7倍)や、UHCなど保健分野で日本のプレゼンスを高めたいという政府の思惑も影響したのかもしれません。今年は私が知る限りで医師が4人、看護師が3人JPOに合格(派遣先はWHO 6人、IOM 1人)しています。ですから医師・看護師からJPOは決して特殊ではありません。今はむしろ医療者にとっては追い風が吹いている感じがします。

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JPO試験の応募まで

1月

新年の家族会議。今年の目標は「次のステップを考える」。
日本の将来への漠然とした不安や、子供の教育なども考えて、外務省のJPO試験の受験を考え始めた。

2月

JPOの募集要項が発表になった。国際機関人事センターのFBページをフォローしたり、JPO試験の公開グループに参加しているとお知らせしてくれるので便利。JPO試験を受けるかどうかはまだ決めきれなかったが、ひとまずTOEFLは受験。

  1. ほとんど準備はできなかったが、オンラインで購入した模擬試験を2,3回分解いておいた。実際の画面の操作になれることができるので価値あり。
  2. 受験料(直前申込みの割増料金)と模擬試験の問題集アプリであわせて300ドル弱。ETSのウェブサイトにはMacのSafariではうまくログインできないので注意。Firefoxなら大丈夫だったはず。
  3. 受検地は甲府で毎月実施されていて助かった。東京、大阪など大都市なら頻繁に開催されている。
  4. 受付で撮る写真がそのままスコアカードにも印刷されるので、あまりラフな格好はやめたほうがいいかもしれない。
  5. 試験時間は4時間以上と長く、パソコンに向かってひたすら文章を読み、書き、聞き、話し、試験終了後はぐったり。チョコレートなどの糖分を持参しておくと、休憩のときに補給がしやすい。

試験が終わった後は、休日を潰されて不満げな子どもたちをつれて富士急ハイランドまで足を伸ばし、トーマスランドで火照った頭をクールダウン。

受験して10日ほどでオンラインでスコアが表示され、足切りといわれる100点クリアを確認して終了(実際には足切りはないよう)。どうせ帰国子女は120点満点近くとるので、英語力では差はつかないような気がする。

3月

東京のユニセフハウスで開かれたJPO説明会に参加。参加者はざっと見た感じでは70人程度で、学生から社会人まで様々。リクルートスーツの人もいれば、パーカーの人もいます。外務省の国際機関人事センターのスタッフが具体的な制度や国連の給与、福利厚生などの説明をしたあと、JPO経験者から応募上のポイントなどの話がある。
(資料は外務省のウェブサイトを参照。保存用コピー: JPO_Seminar_Briefing

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ここでJPOからUNDPの人事部正規職員へ進んだOさんの

「なぜNGOでも外務省でもグローバル企業でもなく国連なのか」
「チェックボックスをより多くティックしたほうがお役所的には選考に有利」
「応募書類にストーリーを持たせて際立たせる」
「国益と個人の思いのバランスが重要」

といった指摘は、応募書類を書き進める上で重要な指針とになった。こういう助言は選考する人事センターからは出てこないと思うので貴重。会場を見渡してみてどんな人がJPO試験をうけるのかという空気感をつかむためにも、ぜひ一度は説明会に足を運んでみたほうがよい。

4月

重い腰を上げて応募書類を書き始める。

  1. 書いては消しなので、ログ管理をきちんと。
  2. 大まかなストーリー、エピソードを書き出して構成してから記載を。
  3. 希望する機関や職種は具体的に記載。他の候補者とバッティングせず、自分の専門性ともよく合致したポストを記載できているかどうか。
  4. 赴任地に関する制約は危険度(HARDSHIP CLASSIFICATION01072017 )に応じて「Aのみ」とか、「Cまで」とかいうこともできる。もちろんここで制約が多ければその分不利になるのではと躊躇するが、後から覆すことはできない部分でもあるので、偽らずに明記したほうが良い。実際、私の場合はFamily Duty Station(家族同伴可能な場所)と記載して応募したが、提示されたポストはDhaka(危険度C)やNew Delhi(同B)で生活のハードシップは高い赴任地ばかりで、特に両親などからは「なんでAってしとかないの!」と呆れられた。(でも、それじゃ受からないかもと思うのが人情。)

  5. 外務省人事センターのFAQ(http://www.mofa-irc.go.jp/jpo/dl-data/2018FAQ.pdf ) には「本欄は選考を不利にするための質問ではなく、外務省国際機関人事センターが あなたの配属を考慮するためにお伺いするものです。ご家庭の事情や健康上の 理由などにより勤務が困難な地域がある場合は、正確にご記入ください。」とあるのが公式見解。
  6. 書類は日本語と英語とあるが、まずは日本語を書き進めるほうが楽だし、おそらく重要。
  7. 英語はP-11という国連共通フォーマットとほぼ同様で、実は外務省の選考ではほとんど見られていないのかもしれないと合格者同士では話した。
  8. Referenceに含める人には事前に連絡をして了解を得るのが原則。しかし、実際にReferenceに連絡がいくとしても、二次試験に合格して、国際機関側からの照会がかかる段階になってからだろうから、応募時に必須ではなさそう。私の場合は書類選考に合格してから声を掛けた。

5月

ゴールデンウイークを使って締め切り直前まで書類作成。提出は期限の90分前に滑り込んだ。

  1. Zipで圧縮して指定の条件を満たすパスワードを掛けるという作業があるので、時間には余裕をもったほうが良い。
  2. 受け取りましたという確認メールが数日の内に送られてきた。

これで応募はおわったので、書類選考の結果を待つ。

続きはJPOへの道(2)合格まで

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