医師から国際公務員(3)JPO赴任までの14ヶ月

ようやくJPOとして今日からWHO東南アジア地域事務所(ニューデリー)に勤務します。でもいきなりデリーではなく、まずはコペンハーゲンのJPOSC(JPOサポートセンター)で1日、ジュネーブのWHO本部で3日、事前研修してから任地へ向かいます。JPO合格から赴任まで14ヶ月!の手続きや流れを、家族帯同で赴任するというところにフォーカスして、時系列の箇条書きでまとめておきます。

最終更新 2018年11月5日(初版)

JPO赴任までの流れ

2017年9月 WHOのA国・国事務所に推薦と連絡。二週間後までにP-11(国連の履歴書)提出指示。職場上司にJPO合格を報告し、2018年3月末までに退職の意向を伝えた。

10月 WHOからも外務省からも特に連絡なし。3週間たったところで外務省に問い合わせすると「WHOに推薦中」との返事。

11月 2ヶ月経過しても特に連絡なし!さすがに次の診療所長の人事もあり、改めて外務省に問い合わせ。A国・国事務所への赴任ではなく、ニューデリーの東南アジア地域事務所への赴任を内々に打診される。この時点ではまだWHOからの連絡や面接はなく、赴任は確定していない。にもかかわらず、1月の国内赴任前研修の参加申し込みが届き、狐につままれたような気持ちで申込み。

12月 やはりWHOからも外務省からも連絡なし。もう想定の範囲内。3回目の問い合わせをし、下旬にようやく2つのTOR(Terms of Reference: 業務内容書)が提示され、そのうちひとつを受諾。外務省からWHOに選考を進めるように連絡してもらう。

2018年1月末 WHOからの面接の連絡を待つこと一ヶ月、突然「WHOにようこそ」メールが届く。もう驚かない時を同じくしてJPOSCから手続き開始の連絡。数日後、JPOSCからも書類提出やセキュリティー関連のオンライン研修、健康診断の指示が五月雨式に大量のメールで届く。書類の提出期限が一週間前後と早いので仕事やプライベートを犠牲にして大急ぎで準備したが、多少遅れても大丈夫なよう。(セキュリティー研修は無線機の使い方とか、拉致されたときに逃げ方とか、全然シャレにならない内容。2つ目のコースの修了が間に合わず翌月受講し、証明書の提出を8月に催促されるまで失念していたが、特に問題なかった)

健康診断と予防接種

最も時間と手間を要するのがこの医学的な準備。職場の病院にたまたまトラベルクリニックがあったため、健康診断とワクチン接種(家族6人で合計40万円くらいかかったが後日払い戻しあり)を開始。予防接種の内容は滞在先や職務内容によってかわるので、信頼できる医師をみつけて予防接種スケジュールを設定してもらうことが最も重要。

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健康診断のほうは、もともと受けていた職場の定期健康診断に含まれていなかった赤血球沈降速度だけ追加検査(数百円)してもらい、検診結果をもとに入職時診断書を記載してもらい、原本はWHOスタッフ医師に郵送し、スキャンデータも送る。JPO同期には臨床的には無視できるくらいのわずかな検査値異常で精査指示をされた人もいるので、なにかしらの異常があれば、あらかじめ医師と相談して再検査や精査をしておくと手間が減るかもしれない。都内ならいくつか手慣れたクリニック(The King Clinicなど)があるよう。この際重要な点は、診断書を記載するのは医師でありさえすれば誰でもよく、日本に数人しかいない「国連指定医 UN certifies phyisician」である必要はない、という点。ここを間違うと、手間が10倍になる。

ここまではあくまでもWHOに入植する場合に必要な健康診断と医学的許可medical clearanceの話。所属機関によっては異なる可能性あり。国連本部にはWHOとは別に、MS.3という自己申告をして、特に精査なく、医学的許可が出た。

2月 WHO SEARO上司とSkype面談し、現在の職場の後任がなかなかみつからない事情を説明し、赴任時期を11月に延期してもらう。JPOSCと外務省に報告し了承を得る。赴任時の航空券を余ったマイレージの特典航空券で手配。JPOの場合、正規エコノミー運賃の75%が支給されるので、自前で航空券手配を行い、UNDSSの保安許可をもらう。東京、コペンハーゲン、ジュネーブ、デリーというような変則的なチケットなので、特典航空券が安くて便利。赴任地から日本行きの区間が残るので緊急帰国にも備えられるおまけ付き。(使わずに住むとよいが)家族は本部研修の旅費は出ないが、家族帯同しているJPO同期もいた。子供がそれなりに大きくて人数が少なければ、そういう選択肢もあるかもしれない。我が家は障害児を含む4人の怪獣を帯同するのは困難なので、本部研修の後一旦自費で日本まで戻り、家族をデリーまで連れて行くことにしてJPOSCとWHOの許可をもらった。

3月 UNDP Indiaにビザ申請について相談。こういった相談がWHO SEAROにできないのが面倒。一時が万事で、住居手当も、教育費の払い戻しも、渡航許可も、すべてUNDPのJPOSCが所管。ところが、個別の詳細はUNDP IndiaやWHO SEAROに相談するようにと言われてしまうことも多く、困惑してしまう。

個々の国際機関は数少ないJPOの対応に慣れないので、事務処理がUNDPのJPOSCに集約しているのは合理的な面もあるが、やはりJPO側からすると、誰に相談してよいのかわかりにくく、いろいろな確認や手続きがたらい回しにあうこともしばしばで、使いやすい制度とは言い難いと思う。

さて、UNDP Indiaによると、ビザ申請の前にUNLP(レセパセ)が必要とのことでJPOSCに相談すると、赴任3ヶ月前くらいでないとUNLPの申請はできないと。小学生の転校先に問い合わせをすると、今ある空席をキープしてもらうには、入学金と授業料の支払いが必要との返答。JPOSCに払い戻しが可能かどうか確認すると、EoD(Entry on Duty)以前の支払いには払い戻しができないとの返答。この時点ですべての手続きが一旦棚上げに。5ヶ月塩漬けである。

8月 満を持してUNLP申請。家族は日本のパスポートのみ。写真が2x2インチと日本ではあまり使わない大きさなので注意。近くの写真屋で仕事帰りに撮影してもらい、スクラブよりはいくらかよいかと白衣のジャケットを羽織ったところ、サイズはOKだったが、上着と背景のコントラストがないと却下されてしまった。今度はちゃんとスーツを着てスピード写真で撮影し受理。Jpegデータがダウンロードできる機械だったので、UNLP申請も、その後のインドビザ申請にも使えて便利だった。10日ほどするとDHLで日本の自宅にUNLPが届いた。(実は全く他人のUNLPも手違いで届き、それは国連本部に送り返したおまけ付き。案外、単純ミスがある)

9月 インド大使館にUNLPに国連公用ビザ取得について相談。

インド国連公用ビザ申請

電話相談はインドの平日、9午前9時から11時の間しか受け付けていないので、つっけんどんに断られてもびっくりしないこと。基本的に必要なのは、受け入れ国際機関の口上書Note VerbaleとUNLPのみで、申請費用は無料。郵送料1000円のみ。ただし、今回は扶養家族がいるので、それを口上書に書き加えてもらうのと、追加費用が一人あたり1550円+郵送料1000円の合計2550円かかる。費用の計算などは自分でして現金書留で郵送するので注意が必要。封筒は現金書留専用封筒でなくてもできるのを初めて知ったが、郵便局員さんはしらなかったので、そのように主張する必要あり。

さらに、赴任先が新しいポストで前任者がいない場合(JPOは基本的に新しいポストのことが多いだろう)、インド政府からの受け入れ許可証の原本が必要と指摘され、WHO SEAROとUNDP Indiaに連絡するも、いずれからもそのような文書は発行が困難で、また不要であろうとの返答。代わりにWHO SEAROから、扶養家族も含めた口上書が追加で発行され、インド大使館の担当者は不安げだったが、結果的には問題なくビザが発行された。重要なのは、口上書は原本を直接東京のインド大使館に郵送してもらうのを忘れないこと。

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UNLPと家族のパスポート(本人の日本のパスポートは不要)、申請書を東京のインド大使館に郵送。数日で電話連絡があり、「初回はsingle entry、3ヶ月しか出せないので、発給日をなるべく先送りしましょう」と提案あり、(JPOSCからは一日も早くとせっつかれたが)10月中旬の発行を依頼。予定通り発給され、10月下旬に自宅に郵送された。この場合、JPO本人はUO-1、扶養家族はMiscというビザ種別であった。

9月下旬 UNDPから赴任手当(引越し費用と飛行機代)が事前に知らせた口座に送金される。もともとあった新生銀行の口座を使った。着金時にどういった性質の送金なのかと確認する電話があり、後日入金を知らせる手紙の郵送があった。新生銀行は海外居住者は使用できない決まりなので、給与振込先として正式に利用を続けるのは難しい。9月末で前職を退職し一時的にプー太郎に。

10月

上旬 船便で引っ越し荷物発送。日通とヤマトで見積もりをとり、どちらも対応はよかったが、ヤマトで6立法メートル約40万円で依頼。荷造り、荷解きもすべて込み。大型家具は日本でも使うので発送せず、子供の車椅子、衣類や食品など、インドで調達困難だがすぐになくてもどうにかなるものが中心(そんなものあまりない)。荷物の到着予定は2ヶ月後の12月中旬と。もし引越し費用が全額出るのであれば一時的にサービスアパートメントに滞在して、家財一式運ぶという手もあったかもしれないが、JPOSCでは特に困難な赴任地以外は、民間業者を利用した引っ越しが決まりで、一律9000ドル(単身者)または10800ドル(扶養家族あり)支給とされているので、闇雲に大型家具を送るのははばかられた。

中旬 学校の入学手続き、住居、運転手やメイドさんの契約、持病のある子どもの通院先探しなどのために1週間ニューデリーに滞在。学校は11月赴任以降の入学でたまたま空席があり入学金と授業料を支払い。入金期限が近く日本に帰国後の送金では間に合わなそうであったため、クレジットカードで支払い。高額のためカード会社に連絡して事情を説明し、人生初めてという金額の決済。

住居は一般的にはAirbnbやサービスアパートメントで生活を初めて、船便の荷物がつくころまでにじっくり探すというスタイルが一般的。しかし子供4人の我が家にとって、赴任後の引っ越しは負担が大きく、事前調整してしまうことにした。WHOやUNDPからの業者の紹介や斡旋はなく、自分で仲介業者を介して探した。住宅手当(Rental Subsidy)が出るが細かい規則があるので、ウェブサイトの計算フォームで要確認。基本給が低いほうが補助が大きいので、JPOでP2レベルのうちのほうが案外少ない自己負担で広い物件に住みやすいという矛盾がある。赴任地やランクごとに家賃に上限額があり、これはUNDPの国事務所に確認、許可を得る必要あり。入居は赴任日からの契約としてもらい、現金で手付金を支払い、契約。これも住居手当は支払われることをJPOSC、UNDP Indiaに確認した。(このあたりの払い戻しがうまくいかないと、かなり手出しが増えてしまうので重要)

ドライバーは車付きでWHO同僚から紹介してもらった。これも公の斡旋はなし。

JPOSCを通じてUNDSSから旅程と滞在先の保安許可を取得。家族の分も申請が必要。

こうしてようやく赴任。赴任時期が延びたのはこちらの原因で例外的だが、9月のJPO二次試験合格発表から、実際に国際機関から受け入れ連絡(最終合格通知)があるまで、私のケースでは約4ヶ月かかっており、その間もこちらから問い合わせない限りはアップデートがありません。さらに、最終合格通知から赴任期限まで2ヶ月しかなかったことに注意が必要です。特に妻帯者や、後任人事が難しい職場では、この点は心構えがないと振り回されます。JPO試験のスケジュール自体が今年度から変更になっているので、このあたりも改善しているかもしれません。

ちなみに成田空港で出国時にUNLPを出したところ、別室に案内されて、結局出国印は日本のパスポートでした。へー。

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