ヨンオペ② イライラ父ちゃん

ヨンオペ二日目。
まだまだ大丈夫。
デリーは朝の5時半。
オーブンから食パンの焼ける匂い。

デリーでは自分好みのパン屋を探すよりも、自分で焼くほうが手っ取り早いような気がする。見つかっても、高いか、遠いか、流通が不安定。

うどんもパスタもそう、餃子や春巻きの皮もそう、結局手作りするようになった。寿司だって法外な値段を払ってカリフォルニアロール(てんこ盛りの練りわさびつき)を食べるより、自分で見よう見まねで握るほうが心穏やかだ。

刺し身はSashimi Freshさん(日本人の弁護士さんが始めた会社なんだそうな)が、南インドからマグロやアカハタを運んできてくれる。LINEで登録しておくと、週末の朝になるとちゃんと料理するの面倒だな〜と思っているところに、「新鮮なオオモンハタ入りましたがいかがですか」と実に巧妙なタイミングでお誘いがくるのである。

しかしだ。

今夜はお刺身!と家族に提案しても、妻は「またお刺身、高いでしょ」と剣もほろろ、子どもたちは「サーモンとイクラでなきゃやだ!(インド洋にサーモン泳いでると思う?親がいなけりゃ子供もいないでしょうよ)」と無理なことを言うので、要望が通るかどうかは五分以下の厳しい交渉である。ちょっと臭うかな?というくらいのところで漬け丼にするのもまたたまらない。

長野県出身、ニューデリー在住、でもこんなに刺し身が好き。それだけは伝わったに違いない。

さて、ようやく本題に戻って、妻の初回のnoteの記事に、夫の立場から一言。

イライラしてごめん。
私が悪い。

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妻と娘の年間目標は見て見ぬ振りしてください

これだけでは再発防止につながらないので、原因の考察をしよう。

様々な感情が折り重なっているのは確かだ。

  1. 今、学校教育から離れたら、息子はどうやって社会性や学問を身に着けていくのだろう、そのプロセスを親としてどう支えていくべきなのだろう、支えられるだろうか、進学や就職にも苦労するのではないか、という「自分たちと息子の将来への不安」。講演では「立ち止まっていいよ」とええかっこしていたくせに、親として見守り、受け止め、支える覚悟なんて、てんでなかったのだ。カッコわる。
  2. (これから不確定要素の多い)日本から離れて教育を受けるチャンスなのに、その機会をいかせなくてもったいないという、「期待に答えてくれなかった息子への不満」。日本の人口が減り、外国人労働者や移民が増えていくであろう中で、言葉にせよ、文化にせよ、多様なものに触れておくのはプラスになるだろうという漠然とした思いでいたが、親の都合で急に外国に転校を強いられる子どもにすれば、いい迷惑なだけなのかもしれない。
  3. それに加えて、仕事をセーブして「こんなに応援してやっているのに」という不満。顔を出したかった学会もキャンセルし、上司の頼みも断って早めに帰宅し・・・、でも裏を返せば、自分はそれだけ家族の理解に支えられてやりたいようにやっていたということなのだ。
  4. 自然体で自由な妻へのあこがれと不安、妻を独占する息子への嫉妬だっていくらかあったかもしれない(困った父だ)。ここに、生活を守らなくては、家庭の秩序を保たなくては、という義務感、緊張感も重なる。妻と息子が旅立った後の生活を考え、ずっと気を張って過ごしていた。

こうした不安や不満、あこがれと嫉妬という様々な感情を、自分の中で咀嚼することもできず、家族と語り合うこともできず、私はイライラ、トゲトゲ、道端でうんこを踏んづけて、ウーバーの中にこすりつける息子を笑い飛ばすことも(冷静に諭すことも)できなくなっていたわけだ。

妻にガツンとやられてそれなりに冷静さを取り戻し、予定どおり二人を日本に送り出せたのはよかった。

でも、もう少し泰然と構えていられる父でいてやりたかった、とも思う。特に、20年前の自分の父の背中を思い返すと、自分の未熟を思い知らされる。

今日の息子へ

てっきりnoteが一日坊主で終わるかとハラハラしたけど、ちゃんと続きが出たので嬉しいです。続きが楽しみです。

イライラしてごめんなさい。20年後に父を反面教師にしてください。

本日のヨンオペ定時連絡

2号、3号 異常ありません。
4号 夕食のエビパスタはエビしかたべません。父のエビも根こそぎ食べました。日中は何度も「ママはどこ?」と探すも、父の帰宅後は、寝言で一回のみ。二歳児なりに気を使っている?おしっこしーしーを読みながら21:50就寝。寝る前にはおむつは絶対に脱がないので、朝起きるとパンッパンです。

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