ヨンオペ④ 一つかみの砂金

妻と長男が旅に出てから二週間になる。
あと7日でクリスマス。
妻も戻る、はずだ。

「一つかみの砂金」

父は暗いうちに起きてはパンを焼き
夜は絵本を読んでも寝落ちもせず
翌日の弁当とおやつの準備をし
仕事はほどほどにがんばり
ダイエットには目をつむっている

長女は学校に入ってはじめて
教室で自主的な課題発表をし
全校集会で表彰された
文句を言いながらも母に代わって
弟の終わりの見えない車遊びや
妹の手のかかる風呂を手伝ってくれている

ときおり大人びた横顔に
寂しさと疲れが重なるのをみて
週末や放課後はなるべく
友達と遊ぶ約束を取り付ける
楽しんでくれているだろうか

次女は脳性麻痺で一日中車いすに横になって過ごす
視力は明るさがようやくわかるくらいだが
耳はよく聞こえている
電話越しに日本の母と兄の声が聞こえると
おもわず嫉妬するくらいのとびきりの笑顔を返す

二歳の次男が父にべったりな分
平日、父はほとんど次女と触れ合う隙がない
週末のワンオペは
ちょっとボタンを掛け違えると
一寸先は闇の綱渡りだ

だが
だから
あえてお手伝いさんにはお休みを取ってもらうのだ

長女、次男と川の字になり
次女に添い寝する

発作で目を覚まし
小さな悲鳴を上げる度に
ぴんと反り返った膝の下に手を入れ
緊張をほぐす
それで寝付けなければ
抱きかかえ家の中をあやして回る

朝起きれば喉の奥に絡む黄色く固い痰を取ってやり
日に三度か四度のペースト食を
どうにか口からやしなう

気管切開したら、胃ろうを作ったら
だれのために、どうだろうと
漠と考えながら

そして浣腸をして柔らかくなったおなかを
熱い湯船でやさしく洗ううちに
一日は過ぎていく

大きく体調を崩したりぐずったりせずに
過ごしてくれている
それだけでありがたい
天晴れ

次男はまだ二歳
母と離れれば恋しいだろうに
好きなものはパクパクとほおばり
嫌いなものは頑として口を開けず
こっそり机の下に放り投げ
ひょうひょうと過ごしている

英語とヒンディー語で混乱して
一時はほとんど言葉が出なかったが
今は器用に相手によって使い分け恐れ入る

妻よ
あなたらしい旅路に今回も脱帽だ

私はあなたのように
長男をありのまま受け止め
信じ
のびのびと旅させ
自信をはぐくむことは
悔しいかな
できなかっただろう

肝っ玉母さん
ありがとう

あっけらかん妻
ありがとう

でも
あなたも楽しんでたの
知ってる

長男よ
旅でいろんな人に出会った長男よ

世界の、日本の広さと
さまざまな生きざまと
人の冷たさと優しさと
まざまざと出会った長男よ

いろいろな人が君を見ている
いろいろな人が君を評価している
いろいろな人が君を心配している
いろいろな人が君を買っている

君は旅から戻ってくるか
父は待っている

ところで旅から戻った君は
前の君と違うか

旅から戻った君は
ごろごろだらだらぐふぐふ
漫画を読みふけるに違いない

ささいなことで怒鳴りあい殴り合い
噛みつきあいの兄弟げんかをし
満足に半分こもできず
意地汚くおかずを取り合うだろう

一時間かかった風呂から
頭も体も洗わずに上がってきて
もちろん布団の中ではパンツ一丁だ
そういう君は変わらないだろうし
それはそれで懐かしい

でも、何か変わっているのだろうか

父は君に問う
変わっていないように見える君の中に
一つかみの砂金は残っているか


太宰治「正義と微笑」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1577_8581.html

今日の二人はどこかな~

長男 http://note.mu/zakoji
妻 http://note.mu/ruizakoji