13億人ロックダウン

5歳の誕生日にケトン食療法を自主退学した次女

ロックダウン4日目の夜明け
オーブンからパンの焼ける香ばしい匂いがする

在宅勤務1週間
ホームスクーリング3週間
家族みなふつふつと煮詰まる音がする

だがまだ3週間続く

異国の地
不安定な流通
公権力の暴力
東洋人への差別
脳性麻痺の娘
不安はいくらでもある

国外退避を命じられる外国人家庭が増えても
我が家に退避の選択肢はない
父は今が頑張りどきだし
妻子だけ日本に返しても生活は見通せず
ここでなんとかやっていくしかない

体はどこにも出かけられないが
心は自由だ

こんな中だからこそ
くだらないことで笑おう
こんな中だからこそ
家族で笑おう

半熟ファミリーチャンネルに登録すると毎週水曜あたりに、我が家のどうでもいい日常を動画に切り取って、おせっかいにお裾分けします。返歌上等。

妻のnote記事、それでも私は「つながり」を維持したいも暇つぶしにどうぞ。いやほんと、感染症対策、集中治療、保健システム強化とか医療的な側面ばかりが語られがちですけど、人類全体のwell-beingや幸福とのバランスはどうなってるんだ?という俯瞰した視点は常に大事だと思います。

公式翻訳が出ました!現地報告 ダイアモンドプリンセス号 のCOVID-19症例(国立感染症研究所)

公式版https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9410-covid-dp-01.html

2020年2月18日、国立感染症研究所はField Briefing: Diamond Princess COVID-19 Casesと題する報告書を発表しました。ダイヤモンドプリンセス号の検疫の実施状況流行曲線など、いままでの厚生労働省の公式発表にはなかったと思われる多くの一次情報が含まれており、本日以降、乗客乗員の下船が始まるにあたり非常に重要です。この報告書は2月19日午後2時(日本時間)の時点で日本語訳が提供がされていません。関係機関からの日本語での公式発表が早々にあるかと思いますが、それまでの間の参考に、個人的に非公式の仮翻訳を共有いたします。お気づきの点がありましたら、@zakojiまでおしらせください。

修正履歴

  • 最後の表のnは南澤潔先生のご指摘のとおり、正しくは40+111+34=185例だと思われます。感染研にもこっそり問い合わせしました。(2/19 19:00追記)
  • 感染研から公式翻訳が出ましたので、今後はそちらを参照ください。(2/19 23:30追記)
  • こちらの非公式・暫定訳は削除しました。(2/20 12:30)

医師は静かにいなくなる

「働き方改革」をすすめる厚労省が、地方の現在の医療サービスを維持するため、2035年までの一時的な措置として、年2000時間(月166時間)の残業を許容する方向で検討しているという。ちなみに、過労死の基準は月80時間である。意味不明で、これは見過ごすことができない。医師にとっても、患者にとっても、じり貧となる危険が大きいと思う。

現状追認で「田舎に限って医者を酷使してもよい」という仕組みになれば、地方で働く医師は今まで以上に減るだろう。そうなれば、田舎に残された医師の仕事が増え、「田舎から逃げたもん勝ち」という悪循環に陥ってしまう。熱血モーレツ医師が奮起しても多勢に無勢、一時的なもので、当初の目的とは正反対の結果となるのではないか。

しかし、その割には医師たちは不気味なほど静かだ。

  • 唖然として開いた口がふさがらないからだろうか。
  • 医師にとって労働時間とは、知識や技術を高める修行だからだろうか。
  • 困った患者を救うという正義感に燃えているからだろうか。
  • それとも外来、当直(という名目の夜勤)、病棟と連続36時間勤務をこなしている医師たちは、もう時間の感覚も麻痺して、声を上げる考えもないのだろうか。
  • あるいは、今の医師労働環境を維持したいという病院管理者たちの思惑や、医師会のロビーイングがあるのだろうか。
  • 静かにフェードアウトしても、医師はほかの場所で食うには困らないからだろうか。

いずれにしても、田舎の勤務医たちがまとまって声を上げたり、有給をとって(?)ストを組んだりするのは、今のところあまり起こりそうな気配がない。

厚労省は、今日11日、専門家会議でこの案を検討する。ちょっと待ってくれと声を上げるなら、今だ。そして、一方の当事者の医師たちが静かなら、声を上げるのはあなたしかいない。医師がそっと田舎から逃げ出したあとで割を食うのは、ほかでもなく、そこで暮らし、病み、老い、死にゆく、あなただからだ。

「テクノロジーは医療問題を解決できるか」がたしかにヤバかった話

話題の古市さんと落合さんの文春オンラインの対談を読んだ。「この問題は結構ヤバいな」とサブタイトルにあったが、なるほど確かにヤバかったので7ヤバい〜ポイントをシェア。編集者は故意なんですかね、きっと。

ヤバ1 終末期1ヶ月医療費の都市伝説を信じている

古市 財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討したことがあるんだけど、別に高齢者の医療費を全部削る必要はないらしい。お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の1カ月。

終末期、最後の一ヶ月の「延命治療」をやめれば社会保障費が劇的に減らせるというのは都市伝説に過ぎないと思う。ソースには言及されていないが、おそらくこのあたりか?

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0322-11a.pdf

「終末期医療費」を死亡前1ヶ月の医療費と定義した場合、一年間の終末期医療費は9000億円。でも、この年の社会保障給付費は91兆円、医療費に限っても29兆円。古市さんたちが言う「終末期医療費」を全部削っても、医療費の3%、社会保障給付費の1%を減らすに過ぎない。図に書き加えた青い棒くらいのものだ。

finalstagemedicalexpense

しかも、このデータは2007年とすでに周回遅れだし、実は蓋を開けてみると、分析対象の元データはなんと1990年と1991年の社会医療診療行為別調査である。平成が始まったばかり、30年前の話じゃないか。

たしかに、終末期にどのくらいの医療費がかかっているのかというのは、マクロの視点では重要な分析だ。そもそも「終末期」はいつからなのかとか、「死期は予測できるのか」とか課題は山積だと思うので、嫌味ではなく、ぜひ財務省のお友達に最新の分析をアップデートしていただきたい。そうでなく論拠を示さず都市伝説を吹聴するのはヤバ1。

ヤバ2 高齢者の治療差し控えは「大したことない話のはず」

古市 だから、高齢者に「10年早く死んでくれ」と言うわけじゃなくて、「最後の1カ月間の延命治療はやめませんか?」と提案すればいい。胃ろうを作ったり、ベッドでただ眠ったり、その1カ月は必要ないんじゃないですか、と。順番を追って説明すれば大したことない話のはずなんだけど、なかなか話が前に進まない。

これは感情的な余談だが、我が家の3歳になる子どもは脳性麻痺で寝たきりだ。まぁ一日中「ベッドでただ眠ったり」する時間が多いし、この3年半、一日5回のペースト食を毎回30分から1時間かけてどうにか嚥下してきたのも「必要なかったんじゃないですか」と後ろから鈍器で殴られた気分だ。

痰も出せないのでいつも呼吸は苦しそうで、担当医からは気管切開と胃ろうを勧められるが、もう少しやってみますと先延ばしにしているうちにニューデリーに流れ着いて棚上げとなっている。古市さん、この子に胃ろうを造るのははたして延命治療だろうか。「順番を追って説明すれば大したことない話」だろうか。話がそれた。

怒りでプルプルしてしまう(大げさな)のをぐっとこらえて、ぜひ一度お手並みを拝見と申し上げたい。今この瞬間も、きっとお二人の住む町の病院で、患者・家族と医療者たちがこのテーマと向き合っている。時間を割き、心を砕き、傷つけ傷つけられながら、だ。年齢や病気の種類で線引きなんてできるのだろうか。マクロの医療経済、社会保障費の課題と、目前の一人の人間の治療方針の選択とを、同じ土俵で語ることができるという想像力がヤバ2。

ヤバ3 命の沙汰も金次第

落合 終末期医療の延命治療を保険適用外にするとある程度効果が出るかもしれない。たとえば、災害時のトリアージで、黒いタグをつけられると治療してもらえないでしょう。それと同じように、あといくばくかで死んでしまうほど重度の段階になった人も同様に考える、治療をしてもらえない――というのはさすがに問題なので、コスト負担を上げればある程度解決するんじゃないか。延命治療をして欲しい人は自分でお金を払えばいいし、子供世代が延命を望むなら子供世代が払えばいい。今までもこういう議論はされてきましたよね。

古市自費で払えない人は、もう治療してもらえないっていうことだ。それ、論理的にはわかるんだけど、この国で実現できると思う?

落合 災害時に関してはもうご納得いただいているわけだから、国がそう決めてしまえば実現できそうな気もするけれど。そういったことも視野に入れないといけない程度に今、切羽つまっているのでは。今の政権は長期で強いしやれるとは思うけど。論理的には。」

お金のあるなしで受けられる医療に差がつくのは、日本国憲法が保証する基本的人権の侵害だ。世界の国々が皆保険制度を整備し、お金のあるなしにかかわらず、すべての人が必要なときに医療受けられるようにしよう(Universal Health Coverage)という機運が高まる中で(日本政府は国連でその旗振り役ですよ)、真っ向から逆行することになる。もちろん、人口ボーナスのない高齢社会日本が抱える社会保障負担は世界最先端の難題だが、ここで命の沙汰も金次第に逆戻りするのが、お二人の明晰な頭脳が導く「最適解」なのだろうか。むしろそれこそチキンレースそのものなんじゃないか。そして、そもそも、「終末期」「延命治療」を国や医療者がどう決めるのか、ああおそろしやビックブラザー、1984。ヤバ3。

ヤバ4 医者って後期高齢者に対しては9割公務員?

古市 今の政権は社会保障費の削減にはあまり関心がないでしょ。あと、それを実現しようとすると、日本医師会が反対すると思う。日本医師会は最強のロビーイング団体とも言われている。頭が良くて、お金もあって、時間まである人たちの集まりだから。日本では医療費の7割、後期高齢者の医療費なんて9割は公的負担だよね。つまり医者って後期高齢者に対しては9割公務員。

まず、日本医師会が金儲け悪徳医師の巣窟で巨大な闇の組織みたいな安直なラベリングはどうなのか。日本医師会の会員数はせいぜい17万人(日本の医師の6割程度、私も会員ではない)、選挙でそんなに影響力がある規模ではないし、政治献金を通じたロビーイングはあっても、それは医師会に限った話ではなく各産業界も同じ構図。それはともかく、後期高齢者の医療費の財源のうち、公費負担は47%だ。たしかに自己負担は(所得に応じて)1割または3割だし、現役世代の保険料からの支援金もあるが、だからと言って9割公費と言うのは悪意がありはしないか。医療費全体でみても公費負担は約4割だ。ヤバ4。000363221

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000363221.pdf

ヤバ5 在宅化で社会保障費カット?

落合 たしかに、そこが重要。高齢者の延命治療はある程度自費で払うことにして在宅化をすすめれば、社会保障費をカットしつつステークホルダーを納得させることができるんじゃないか。でも、現状を変える必要がないわけですよね。この問題は結構ヤバいな。どうするんだろう?
古市 もうどうにもならないんじゃないの?
落合 いやいや、どうにもならなくはないでしょう。考えないと。背に腹はかえられないとなれば――。

「在宅医療で社会保障費がカットできる」というのは本当だろうか。そもそも、在宅医療や地域包括ケアの本来の目的は患者や家族が希望する場所で療養できるよう、病院以外の選択肢を提供することで、医療費削減の道具ではない。自宅で療養するためには、医師や看護師、リハビリスタッフや薬剤師が頻繁に自宅に赴く必要もあるし、福祉の力を借りてヘルパーや配食、通所サービスなど生活支援も手厚く必要だ。全てに正当な対価が算定されているとはいえないのが現状だと思うが、少なくとも在宅医療にすれば即社会保障費カットという短絡的な構図にはない。サンプル数1の観察研究によると、私自身が信州の山村の診療所長をしていたとき、在宅患者が増えるほど、診療所の経営は安定したことは明記しておきたい。決して、在宅医療=治療差し控え=社会保障費カット、ではない。目的と手段と結果が混乱している。ヤバ5。

ヤバ6 高齢者が自分で吸痰?

古市 そこにも法律の壁があって、家族以外の第三者が高齢者の介護をするとき、痰の吸引をするためにも資格が必要で、すごく厳密に既存の法律が決めちゃってるじゃん。
落合 第三者が吸引をするのは法律の壁があるけど、自分で吸えるようになればいい。自分で痰を吸引するためのオープンソースの機械が出てくれば、医療や介護に必要なコストは下がると思うんですよ。一度それが開発されると、オープンソースの安いものが例えばAmazonで買えるようになってくる。

たしかに医療機器の開発手法には課題があるかもしれない。効率よく安価に医療機器の改善が進み、安全も担保される仕組みがあるのなら、それは夢があると思う。(吸引器の設計図があれば誰でも作れるのかといえばそれも疑問だが)ただ、吸引器は今だってAmazonで買えるのだ。しかも病院に出入りしている専門業者の半額くらいでだ。我が家も脳性麻痺の娘のために買ったが、障害者手帳や診断書を準備する手間を考えて、アマゾンでポチッとした。(アフィリエイトではありません)

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=吸引器

さらに疑問なのは、脳血管疾患や認知症や高齢による廃用で吸痰が必要な高齢者で、自分で痰を吸引できるという人がどれだけいるのかだ。想像してみたらすごくシュールな絵だ。現場感覚としては多く見積もっても1割以下だと思う。もう少し緻密な取材が必要だと思うし、それをしないのなら、せめて現場感覚がない「無知の知」という謙虚さが必要ではないか。ヤバ6。

ヤバ7 アルツハイマー型認知症の治療薬はできる?

古市 認知症を治すのはまだ当分先になりそうだね。アルツハイマー型認知症の治療薬はできると言われているけど、万能の特効薬は難しそう。
落合 しばらく治りはしないかもしれない。しかし、研究開発や治験も進んではいる。薬で治すだけでなく、認知症になってもITで普通に暮らすことができる、何とか頑張って、あと10年でそこに着地したいんですよね。

フランスで昨年、アルツハイマー型認知症の治療薬に費用対効果が認められないとして保険収載が取り消されたのは記憶に新しい。科学や医療の全能感がお花畑のように広がっていて素敵ですね。不老長寿や仙豆の開発も近そう、いでよ神龍!ヤバ7。

https://www.huffingtonpost.jp/mamoru-ichikawa/alzheimer-20180611_a_23455701/

総じて、落合さんは自分の専門外のことについては抑制的だが、古市さんが自由奔放なのがトンデモヤバかったっす。お二人ともきっと悪意はなく、これからの日本の社会保障を心から心配しておられるのに違いないと思うのですが、「これを機会に国民的議論が広がれば」なんてお茶を濁すのははばかられる点が多かったので、大人げないですがドラゴンボールを集めてしまいました。事実誤認、ご指摘があればzakojiへご指導ください。合掌。

番外編:妻自慢

ショッピングは茨の道

ニューデリーに引っ越して一ヶ月、ほとんど初めて家族みんなで日用品の買い物にでかけた。妻がいつもうるさく(!)「野菜と果物はあそこの野菜屋さんが新鮮」「この酒屋のおじさんは目が座ってるけどいい人」「仕立て屋は◯◯さん」「文房具屋はあそこ」「牛乳とお肉は割高でも配達が安心」と事細かに買い物事情を説明するのを、私も子どもたちも「ふ~ん」と聞き流していた。

そしてみんなで楽しくファミリーショッピングのゆく道がこれである。娘を抱いた妻がズダ靴でずんずん進む道なき道、「新鮮」とか「腕がいい」とか以前に、まず他に報告することなかったのか。何でも揃うスーパーマーケットやコンビニがないインド。この数年で格段に便利になったというが、はっきり言って、妻(かーちゃん)すごくがんばってる!と家族みんなで感謝の念を深めた週末だった。

「インドでもバングラでもどこでもいいよ!」

国際保健のキャリアという文脈で、必ず出てくる家族「問題」。青年海外協力隊や国際NGOなどで、はたして6人家族を養えるかというと非現実的だと思う。お金「問題」である。貯蓄を切り崩したり、バイトをしたりという不安定さがつきまとう。その点、給与も福利厚生もきちんとしてもらえるJPO制度はありがたい。家族連れのほうが扶養手当や教育手当などが雇い主側の負担になる分、JPO後の残留は不利かもしれないが、それはJPOに限ったことではない。JPO制度を利用する立場としては「家族連れでもJPO」というより、「家族連れこそJPO」なんじゃないかと思う。

お金の問題はそれで目処が立つとして、開発途上国に家族を連れて行くかどうかという次の「問題」がある。もちろん核家族で4人子供のいる我が家に単身赴任の選択肢はない。JPO受験から3ヶ月後、二次試験の合格通知には「バングラデシュ国事務所に推薦」とあった。その前年に多くの外国人が犠牲となったテロが起こったばかりのバングラデシュ。外務省に試されている、と思った。職場からすぐに妻に電話だ。

私「合格したけど赴任地がバングラデシュなんだ。」
妻「おめでとう。わかった。図書館行ってみる。」

二つ返事である。「図書館にはバングラデシュの本はなかった」ので、翌日アマゾンでバングラデシュ関連書籍が自宅に届いた。その後、理由は不明だが任地がニューデリーの地域事務所に変更になった。また大都会である。すぐに妻に電話だ。

私「よくわからないけど、任地がインドになりそうなんだ。」
妻「はーい。」
私「デンマークとかスイスとかに変えてもらうこともできるみたいだけど・・・」
妻「なんかインドのほうが楽しそう!バングラでもインドでもどこでもいいよ!いまTSURUYAで夕飯の買い物してて忙しいからまたあとで!」

買い物のほうがよっぽど重大のようだった。こうしてニューデリー赴任が決定した。

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15個のダンボールと7人の手下(助っ人二人を含む)を先導する妻

突き進む力

3人目の子供は脳性麻痺で、三歳になっても首がすわらず一人では座ることもできない、寝たきりである。その子が通う学校を妻が見つけてきてくれた。家族面談があるというので、(人生で)はじめて有給休暇をもらって妻についていくことにした。

まず、当たり前だが、この学校に外国人はいない(と思う)。上の子供が通う小学校は38カ国だかなんだか、とにかく人種と文化のるつぼである。下の子供が通いだした保育園も外国人がぱらぱらいる。しかし、特殊学校にいるのは、全員インド人の母ちゃんと子どもたちである。主に自閉症の子供が療育支援や職業訓練を受けていて、その中に脳性麻痺の子供も混じっているという感じのようだ。自宅から車で10分という近さがよい。

人生初の(くどい)有休をとった理由の療育コーディネータとの面談も、人間味があって、思ったことをずばずは言い合い、お互いにいくらか譲歩しあい、共通の目標設定ができ、意味のあるものだった。こういう場がきちんと設定されているのは素晴らしいと思う。「リハビリ総合実施計画書」などの形式だけはきちんとしていて、実際の中身や連携はぶっちゃけどうなの?という日本とついつい比べてしまった。ケア計画を調整することに私たちが慣れたという側面もあるが、日本で二年かかったことが、ここでは一ヶ月だ。

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ゴムのワニからピンポン玉を受け止める娘

教室でご飯を食べた後、ゴムでできたワニのおもちゃにピンポン玉をはめ込んで飛ばすというゲーム(面白いのか?)を、クラスの他の子供たちは標的に向かってやるのだが、目が見えないうちの子供の番がくると、先生はおもむろに「これじゃ面白くないわよね」とワニをくるっと180度回転させ、ピンポン玉を娘の顔に向けてバンバン発射しはじめたのである。もちろん、超楽しんでいた。一人ひとりの子供の能力や特性にあわせて、先生たちが自律的に考えて接してくれているのがとてもよいと思った。

しかし、インドにきてまだ1ヶ月なのに、上の二人の子供を小学校に通わせ、一番下の子供を保育園に通わせ、障害児の特殊学校を見つけ、妻、まことにあっぱれという他ない。私がこの一ヶ月エアコンの効いた瀟洒なオフィスで成し遂げたことの100倍は意義深いと思う。頭が上がらない、ありがとう。

頼る力

もう一つは頼り上手ということだ。こちらに渡航するとき、妻の父が助っ人にきてくれた(我が家はいつも妻の実家に頼りきり)ほかにもうひとり、ほぼ初対面の女子大生も手伝いにきて二週間滞在して、生活の立ち上げを助けてくれた。その後、入れ替わり立ち替わり、ニューデリーの喧騒には似合わない若い女子が3人、入れ代わり立ち代わり、米、味噌などの補給物資を携えて数日ずつ我が家に滞在してくれた。これもどう考えても私の人徳ではない。

核家族で障害児を含む四人の子連れ、途上国の大都会、危険フラグ乱立なのだが、妻は「じゃぁ、だれか手伝ってくれる人探してみよう」とあっけらかんというのであった。そして、どう考えても私が頼んでも来てくれなかったであろう助っ人達が、次々に我が家に舞い降りたのである。困ったときに頼る力、この妻と結婚しなければ、私は一生「大丈夫です、自分でなんとかします」と虚勢を張っていたに違いない。

熊谷晋一郎さんがいう、「自立とは依存先を増やすこと」というのは、こういうことなのだろう。

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道なき道をゆくお買い物

「このごろちょっと疲れたかもしれない」とふとこぼす妻。そりゃぁもっともですよ。掃除は昨日我が家に来た5人目の子ども(ルンバちゃん)に任せて、いつの日か美味しいハイティーでも飲みに行きましょう。

妻よ、これからもついていきますので、ずんずん進んでください。

医師から国際公務員(3)JPO赴任までの14ヶ月

ようやくJPOとして今日からWHO東南アジア地域事務所(ニューデリー)に勤務します。でもいきなりデリーではなく、まずはコペンハーゲンのJPOSC(JPOサポートセンター)で1日、ジュネーブのWHO本部で3日、事前研修してから任地へ向かいます。JPO合格から赴任まで14ヶ月!の手続きや流れを、家族帯同で赴任するというところにフォーカスして、時系列の箇条書きでまとめておきます。

最終更新 2018年11月5日(初版)

JPO赴任までの流れ

2017年9月 WHOのA国・国事務所に推薦と連絡。二週間後までにP-11(国連の履歴書)提出指示。職場上司にJPO合格を報告し、2018年3月末までに退職の意向を伝えた。

10月 WHOからも外務省からも特に連絡なし。3週間たったところで外務省に問い合わせすると「WHOに推薦中」との返事。

11月 2ヶ月経過しても特に連絡なし!さすがに次の診療所長の人事もあり、改めて外務省に問い合わせ。A国・国事務所への赴任ではなく、ニューデリーの東南アジア地域事務所への赴任を内々に打診される。この時点ではまだWHOからの連絡や面接はなく、赴任は確定していない。にもかかわらず、1月の国内赴任前研修の参加申し込みが届き、狐につままれたような気持ちで申込み。

12月 やはりWHOからも外務省からも連絡なし。もう想定の範囲内。3回目の問い合わせをし、下旬にようやく2つのTOR(Terms of Reference: 業務内容書)が提示され、そのうちひとつを受諾。外務省からWHOに選考を進めるように連絡してもらう。

2018年1月末 WHOからの面接の連絡を待つこと一ヶ月、突然「WHOにようこそ」メールが届く。もう驚かない時を同じくしてJPOSCから手続き開始の連絡。数日後、JPOSCからも書類提出やセキュリティー関連のオンライン研修、健康診断の指示が五月雨式に大量のメールで届く。書類の提出期限が一週間前後と早いので仕事やプライベートを犠牲にして大急ぎで準備したが、多少遅れても大丈夫なよう。(セキュリティー研修は無線機の使い方とか、拉致されたときに逃げ方とか、全然シャレにならない内容。2つ目のコースの修了が間に合わず翌月受講し、証明書の提出を8月に催促されるまで失念していたが、特に問題なかった)

健康診断と予防接種

最も時間と手間を要するのがこの医学的な準備。職場の病院にたまたまトラベルクリニックがあったため、健康診断とワクチン接種(家族6人で合計40万円くらいかかったが後日払い戻しあり)を開始。予防接種の内容は滞在先や職務内容によってかわるので、信頼できる医師をみつけて予防接種スケジュールを設定してもらうことが最も重要。

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健康診断のほうは、もともと受けていた職場の定期健康診断に含まれていなかった赤血球沈降速度だけ追加検査(数百円)してもらい、検診結果をもとに入職時診断書を記載してもらい、原本はWHOスタッフ医師に郵送し、スキャンデータも送る。JPO同期には臨床的には無視できるくらいのわずかな検査値異常で精査指示をされた人もいるので、なにかしらの異常があれば、あらかじめ医師と相談して再検査や精査をしておくと手間が減るかもしれない。都内ならいくつか手慣れたクリニック(The King Clinicなど)があるよう。この際重要な点は、診断書を記載するのは医師でありさえすれば誰でもよく、日本に数人しかいない「国連指定医 UN certifies phyisician」である必要はない、という点。ここを間違うと、手間が10倍になる。

ここまではあくまでもWHOに入植する場合に必要な健康診断と医学的許可medical clearanceの話。所属機関によっては異なる可能性あり。国連本部にはWHOとは別に、MS.3という自己申告をして、特に精査なく、医学的許可が出た。

2月 WHO SEARO上司とSkype面談し、現在の職場の後任がなかなかみつからない事情を説明し、赴任時期を11月に延期してもらう。JPOSCと外務省に報告し了承を得る。赴任時の航空券を余ったマイレージの特典航空券で手配。JPOの場合、正規エコノミー運賃の75%が支給されるので、自前で航空券手配を行い、UNDSSの保安許可をもらう。東京、コペンハーゲン、ジュネーブ、デリーというような変則的なチケットなので、特典航空券が安くて便利。赴任地から日本行きの区間が残るので緊急帰国にも備えられるおまけ付き。(使わずに住むとよいが)家族は本部研修の旅費は出ないが、家族帯同しているJPO同期もいた。子供がそれなりに大きくて人数が少なければ、そういう選択肢もあるかもしれない。我が家は障害児を含む4人の怪獣を帯同するのは困難なので、本部研修の後一旦自費で日本まで戻り、家族をデリーまで連れて行くことにしてJPOSCとWHOの許可をもらった。

3月 UNDP Indiaにビザ申請について相談。こういった相談がWHO SEAROにできないのが面倒。一時が万事で、住居手当も、教育費の払い戻しも、渡航許可も、すべてUNDPのJPOSCが所管。ところが、個別の詳細はUNDP IndiaやWHO SEAROに相談するようにと言われてしまうことも多く、困惑してしまう。

個々の国際機関は数少ないJPOの対応に慣れないので、事務処理がUNDPのJPOSCに集約しているのは合理的な面もあるが、やはりJPO側からすると、誰に相談してよいのかわかりにくく、いろいろな確認や手続きがたらい回しにあうこともしばしばで、使いやすい制度とは言い難いと思う。

さて、UNDP Indiaによると、ビザ申請の前にUNLP(レセパセ)が必要とのことでJPOSCに相談すると、赴任3ヶ月前くらいでないとUNLPの申請はできないと。小学生の転校先に問い合わせをすると、今ある空席をキープしてもらうには、入学金と授業料の支払いが必要との返答。JPOSCに払い戻しが可能かどうか確認すると、EoD(Entry on Duty)以前の支払いには払い戻しができないとの返答。この時点ですべての手続きが一旦棚上げに。5ヶ月塩漬けである。

8月 満を持してUNLP申請。家族は日本のパスポートのみ。写真が2x2インチと日本ではあまり使わない大きさなので注意。近くの写真屋で仕事帰りに撮影してもらい、スクラブよりはいくらかよいかと白衣のジャケットを羽織ったところ、サイズはOKだったが、上着と背景のコントラストがないと却下されてしまった。今度はちゃんとスーツを着てスピード写真で撮影し受理。Jpegデータがダウンロードできる機械だったので、UNLP申請も、その後のインドビザ申請にも使えて便利だった。10日ほどするとDHLで日本の自宅にUNLPが届いた。(実は全く他人のUNLPも手違いで届き、それは国連本部に送り返したおまけ付き。案外、単純ミスがある)

9月 インド大使館にUNLPに国連公用ビザ取得について相談。

インド国連公用ビザ申請

電話相談はインドの平日、9午前9時から11時の間しか受け付けていないので、つっけんどんに断られてもびっくりしないこと。基本的に必要なのは、受け入れ国際機関の口上書Note VerbaleとUNLPのみで、申請費用は無料。郵送料1000円のみ。ただし、今回は扶養家族がいるので、それを口上書に書き加えてもらうのと、追加費用が一人あたり1550円+郵送料1000円の合計2550円かかる。費用の計算などは自分でして現金書留で郵送するので注意が必要。封筒は現金書留専用封筒でなくてもできるのを初めて知ったが、郵便局員さんはしらなかったので、そのように主張する必要あり。

さらに、赴任先が新しいポストで前任者がいない場合(JPOは基本的に新しいポストのことが多いだろう)、インド政府からの受け入れ許可証の原本が必要と指摘され、WHO SEAROとUNDP Indiaに連絡するも、いずれからもそのような文書は発行が困難で、また不要であろうとの返答。代わりにWHO SEAROから、扶養家族も含めた口上書が追加で発行され、インド大使館の担当者は不安げだったが、結果的には問題なくビザが発行された。重要なのは、口上書は原本を直接東京のインド大使館に郵送してもらうのを忘れないこと。

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UNLPと家族のパスポート(本人の日本のパスポートは不要)、申請書を東京のインド大使館に郵送。数日で電話連絡があり、「初回はsingle entry、3ヶ月しか出せないので、発給日をなるべく先送りしましょう」と提案あり、(JPOSCからは一日も早くとせっつかれたが)10月中旬の発行を依頼。予定通り発給され、10月下旬に自宅に郵送された。この場合、JPO本人はUO-1、扶養家族はMiscというビザ種別であった。

9月下旬 UNDPから赴任手当(引越し費用と飛行機代)が事前に知らせた口座に送金される。もともとあった新生銀行の口座を使った。着金時にどういった性質の送金なのかと確認する電話があり、後日入金を知らせる手紙の郵送があった。新生銀行は海外居住者は使用できない決まりなので、給与振込先として正式に利用を続けるのは難しい。9月末で前職を退職し一時的にプー太郎に。

10月

上旬 船便で引っ越し荷物発送。日通とヤマトで見積もりをとり、どちらも対応はよかったが、ヤマトで6立法メートル約40万円で依頼。荷造り、荷解きもすべて込み。大型家具は日本でも使うので発送せず、子供の車椅子、衣類や食品など、インドで調達困難だがすぐになくてもどうにかなるものが中心(そんなものあまりない)。荷物の到着予定は2ヶ月後の12月中旬と。もし引越し費用が全額出るのであれば一時的にサービスアパートメントに滞在して、家財一式運ぶという手もあったかもしれないが、JPOSCでは特に困難な赴任地以外は、民間業者を利用した引っ越しが決まりで、一律9000ドル(単身者)または10800ドル(扶養家族あり)支給とされているので、闇雲に大型家具を送るのははばかられた。

中旬 学校の入学手続き、住居、運転手やメイドさんの契約、持病のある子どもの通院先探しなどのために1週間ニューデリーに滞在。学校は11月赴任以降の入学でたまたま空席があり入学金と授業料を支払い。入金期限が近く日本に帰国後の送金では間に合わなそうであったため、クレジットカードで支払い。高額のためカード会社に連絡して事情を説明し、人生初めてという金額の決済。

住居は一般的にはAirbnbやサービスアパートメントで生活を初めて、船便の荷物がつくころまでにじっくり探すというスタイルが一般的。しかし子供4人の我が家にとって、赴任後の引っ越しは負担が大きく、事前調整してしまうことにした。WHOやUNDPからの業者の紹介や斡旋はなく、自分で仲介業者を介して探した。住宅手当(Rental Subsidy)が出るが細かい規則があるので、ウェブサイトの計算フォームで要確認。基本給が低いほうが補助が大きいので、JPOでP2レベルのうちのほうが案外少ない自己負担で広い物件に住みやすいという矛盾がある。赴任地やランクごとに家賃に上限額があり、これはUNDPの国事務所に確認、許可を得る必要あり。入居は赴任日からの契約としてもらい、現金で手付金を支払い、契約。これも住居手当は支払われることをJPOSC、UNDP Indiaに確認した。(このあたりの払い戻しがうまくいかないと、かなり手出しが増えてしまうので重要)

ドライバーは車付きでWHO同僚から紹介してもらった。これも公の斡旋はなし。

JPOSCを通じてUNDSSから旅程と滞在先の保安許可を取得。家族の分も申請が必要。

こうしてようやく赴任。赴任時期が延びたのはこちらの原因で例外的だが、9月のJPO二次試験合格発表から、実際に国際機関から受け入れ連絡(最終合格通知)があるまで、私のケースでは約4ヶ月かかっており、その間もこちらから問い合わせない限りはアップデートがありません。さらに、最終合格通知から赴任期限まで2ヶ月しかなかったことに注意が必要です。特に妻帯者や、後任人事が難しい職場では、この点は心構えがないと振り回されます。JPO試験のスケジュール自体が今年度から変更になっているので、このあたりも改善しているかもしれません。

ちなみに成田空港で出国時にUNLPを出したところ、別室に案内されて、結局出国印は日本のパスポートでした。へー。

医師から国際公務員(2)JPO合格まで

前回の医師から国際公務員(1)JPO応募までのつづきです。知り合いにJPO経験者がいないと、なかなか実際の様子が想像できずに踏み出せないJPO試験。情報を持っている人とそうでない人の格差を少しでも埋められればと思ってまとめましたのでご参考にどうぞ〜。

ちょうど昨日(2018年2月9日)、平成30年度のJPO試験の事前告知が外務省から出ました。要は、語学試験は早めに受験しておいてください、例外はないですよ、という告知です。平成29年度も同じようなタイミングで、同じようなアナウンスがありました。一緒にFAQ(よくある質問)もアップデートされて、合格者のTOEFL平均点が104点だったなど、具体的な記載があり参考になります。

JPO試験 応募から合格までの流れ

さて、時間軸に沿って応募から合格通知までの流れを簡単にまとめておきます。全体像は外務省のウェブサイトにある「JPO派遣制度ガイドブック」がわかりやすいので、一枚引用。

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JPO派遣制度ガイドブック より引用

5月の連休をつかって滑り込み応募した書類は、5月一杯かけて書類選考にかかります。ここがどのくらいの倍率かは非公開。

6月

上旬、一次審査(書類選考)合格通知がメールで到着。

あなたは,「2017年度JPO派遣候補者選考試験」の第一次審査(書類選考)に外務省選考枠で合格されましたので,ここに通知いたします。
第二次審査は,下記の要領により実施します。
試験地: 東京
集合日時:
7 月 x 日(x) xx:xx(英語筆記試験)
7 月 x 日(x) xx:xx(面接審査)
原則として指定した試験地及び面接日時の変更はできません。

  1. 試験場所(東京、ジュネーブ、ニューヨーク)と試験日程は、外務省から指定されて、原則として変更もできない。
  2. ただ、役所の言う「原則」は「例外」を排除しているわけではないので、個別の事情があれば相談してみることはできる。
  3. いずれにしても平日を休んで試験を受ける必要が有ることは変わらないし、一ヶ月程度の猶予もあるので、つべこべ言わずに仕事や家庭の調整して受験に行くしかない。
  4. この時点ではじめて職場の上司にJPO試験を受けていることを伝え、了承をもらった。
  5. 職場によって違うだろうが、私の職場の就業規則では、退職3ヶ月前までの意思表示が必要とされている。でも実際には少なくとも半年、できれば一年くらい前には伝えていないと人事が難しいのが医療分野の実情・・・。
  6. 外務省選考枠とあるのは他に、UNDPなどの国際機関が直接選考する枠もあるため。WHOを第一希望にしていると、外務省枠になる。
  7. 書類選考でどのくらい絞られるのかは公表されていない。
  8. 英語力についてはFAQに次の記載があり、たしかに語学力だけでの足切りはしていないのが見て取れるが、合格者の平均は結構高いなという印象。やはり語学が足を引っ張らないという意味では100点前後が一つの目安になりそう。

2017年度JPO試験(追加募集試験を除く。)の最終合格者のうち、 TOEFLテストで受験した最終合格者のスコアは平均104.6点(最低点 90点、最高点119点)、IELTSで受験した最終合格者のスコアは平均7. 2点(最低点6.0点、最高点8.5点)でした。

7月

上旬、外務省本省で第二次審査(面接)。

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標高1350メートルで育つ「雲の上のトマト」

野辺山高原のレタスと雲の上のトマト(高見沢憲一さんのばかうまフルティカ)を手土産に大学時代の同級生の家に転がり込んで前泊。もちろん東京までの交通費や宿泊費は手弁当なので、節約できる所は節約です。

同じ日の受験者は4人、うち2人は海外から一時帰国しての受験でした。面接で当日一緒になったのは4人で、そのうち合格したのは(おそらく)2人。一次選考の合格者数は公表されていないので面接の倍率が何倍くらいなのかは不明ですが、n=4のサンプリングと私の直感に基づいた推測では、おそらく2倍以下までしぼられているのではないか、という手応えです。嘘だったらすみません。

筆記試験

英文エッセイですが、外務省国際機関人事センターのウェブサイトにある過去問とよく似た問題が出ます。同じような問題はでないだろうと高をくくっていたのを反省。せっかく過去問が公開されているので、一度は自分で書いてみておくと良いと思います。午前の筆記試験から午後の面接試験まで4時間くらい間があったので、緊張をほぐすために寿司を食いに行ったのは家族にはまだ告白していません。

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イメージ映像 (糸魚川のすし活さん)

面接試験

詳細まで踏み込むとこの試験の妥当性を損ねてしまうかもしれないのであまり具体的には書けませんが、基本的には和やかな雰囲気ですので身構える必要はありません。

  1. 日本の会場はみんなリクルートスーツ。目立つ作戦ならパーカーで。
  2. 面接官は3人で、外務省から責任者がお一人、外部の国連勤務経験のある面接官が二人。
  3. 時間は30分前後で、質問はどれもごく一般的な内容で、奇をてらったものはない。例えば、
    1. どうしてJPOを希望したのか
    2. なぜWHOか
    3. WHOでどのような仕事をしたいか
  4. 面接は国連で一般に採用されている、典型的なCompetency Based Interviewではない、というのはポイント。でも、来年かわってたらすみません。
  5. 日本語の質問には日本語で答え、英語の質問には英語で答える。フランス語などの国連公用語の運用能力ついて応募書類に記載していると、その言語での面接が加わることもあるらしいが、私には無関係。
  6. 準備らしい準備もあまりできなかったが、とりあえず国連の事務総長とWHOの事務局長が交代したばかりだったので、名前と顔を確認して就任演説の内容を印刷して、ざっと目を通していたのはよかった。
  7. ロジ面では、霞が関の地下鉄駅にはロッカーがあるので、大きな荷物はそこに入れておけば身軽です。
  8. 海無し県民の悲しい性で、帰りの新幹線でも寿司を食ってしまった。友人宅泊で宿泊費を浮かせた意味半減。

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東京駅グランスタの竹若の塩にぎり

9月上旬

二次審査合格のメールが到着。

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写真はイメージです

あなたは、2017年度JPO派遣候補者選考試験に合格し、JPO派遣候補者となりましたので、通知いたします。外務省国際機関人事センターは、該当する国際機関に対し、あなたを下記のポストへの候補者として推薦します。
WHO, Health Systems, Technical Officer(バングラデシュ・ダッカ)

待つこと二ヶ月、合格通知です。でも、これで派遣が決まったわけではありません。私の場合、赴任先と赴任時期がようやく確定したのは、2018年2月になってから。二次審査の合格発表から5ヶ月後です。それなのに赴任時期が「原則」3月末というスケジュールは、家族持ちの感覚としてはまぁ無理ゲーとしか言いようがありません。

しかも、派遣が最終確定するまではあくまでも「派遣候補者」に過ぎず、派遣先が二転三転したり、先方からの連絡がパタリと途絶えて一ヶ月くらいが経過したりしていると、そのうち家族から「本当に行くの〜?」と白眼視され、職場では上司に「まだいつ派遣になるのか決まらないんですが」と苦しい説明を続けざるを得ず、だんだんボディーブローのように効いてきて、「俺、本当にいくのかなぁ〜」と弱気になりながら、気づいたら年越ししてました。

そのあたりの話はまた次回、医師から国際公務員(3)JPO合格から派遣までで。

医師から国際公務員(1)JPO応募まで

「先生こんど、ニュージーランド行くんですか?」
−−いえ、ニューはニューなんですけど、多分ニューデリーの聞き間違いかなぁ・・・。

退職の噂が広がってから、院内ですれ違うたびに、ちょっとずつピントのずれたやりとりを続けるこの頃です。

村の診療所からWHOへ

総合診療医として9年勤めた信州を離れ、インド・ニューデリーにあるWHOの東南アジア地域事務所(SEARO: Regional Office for South-East Asia)に赴任することになりそうです。中学卒業と同時にギャップイヤーをとってインドやネパールの山の中を放浪したときの強烈な原体験からあっという間に18年。

高校、大学と9年勉強して医師になってみたら、実は日本にだって医療が十分に行き渡らないへき地や、お金や保険や滞在資格がないために医療を受けられない人々がいるという現実を目の当たりにしました。海外の話をする前に、まず足元の日本できちんと仕事をして学ぼうと、あっという間に9年が経ちました。

心の中では守りに入って、「もう海外に出て仕事をすることはないだろうなぁ」と漠然と感じ始めた33歳。35歳の年齢制限までに一度だけ応募してみようとJPO試験を受けてみたら、様々なご縁が重なってか、拾って頂けることになりました。

手探りのJPO応募

試験を受けて一番心細かったのは、医師でJPO制度を使った方の情報はウェブ上ではお一人しか見つけられなかったこと。JPO制度を使ったという知人も周囲におらず、応募は文字通り手探りでした。

この記事でJPO試験の経過についてシェアすることで、日本で臨床をしている医療職の方が、JPOとして国際機関で働くことを現実的な選択肢として考えてもらえるようになったらいいなと思います。

34歳、非帰国子女、海外勤務経験なし、子持ち。

どれもJPO試験には不利な属性ばかりのはずなのに採用していただけたのは、JPOの予算自体がここ数年増えて相対的に倍率も下がっていること(2004年は30倍だったのが、昨年は7倍)や、UHCなど保健分野で日本のプレゼンスを高めたいという政府の思惑も影響したのかもしれません。今年は私が知る限りで医師が4人、看護師が3人JPOに合格(派遣先はWHO 6人、IOM 1人)しています。ですから医師・看護師からJPOは決して特殊ではありません。今はむしろ医療者にとっては追い風が吹いている感じがします。

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JPO試験の応募まで

1月

新年の家族会議。今年の目標は「次のステップを考える」。
日本の将来への漠然とした不安や、子供の教育なども考えて、外務省のJPO試験の受験を考え始めた。

2月

JPOの募集要項が発表になった。国際機関人事センターのFBページをフォローしたり、JPO試験の公開グループに参加しているとお知らせしてくれるので便利。JPO試験を受けるかどうかはまだ決めきれなかったが、ひとまずTOEFLは受験。

  1. ほとんど準備はできなかったが、オンラインで購入した模擬試験を2,3回分解いておいた。実際の画面の操作になれることができるので価値あり。
  2. 受験料(直前申込みの割増料金)と模擬試験の問題集アプリであわせて300ドル弱。ETSのウェブサイトにはMacのSafariではうまくログインできないので注意。Firefoxなら大丈夫だったはず。
  3. 受検地は甲府で毎月実施されていて助かった。東京、大阪など大都市なら頻繁に開催されている。
  4. 受付で撮る写真がそのままスコアカードにも印刷されるので、あまりラフな格好はやめたほうがいいかもしれない。
  5. 試験時間は4時間以上と長く、パソコンに向かってひたすら文章を読み、書き、聞き、話し、試験終了後はぐったり。チョコレートなどの糖分を持参しておくと、休憩のときに補給がしやすい。

試験が終わった後は、休日を潰されて不満げな子どもたちをつれて富士急ハイランドまで足を伸ばし、トーマスランドで火照った頭をクールダウン。

受験して10日ほどでオンラインでスコアが表示され、足切りといわれる100点クリアを確認して終了(実際には足切りはないよう)。どうせ帰国子女は120点満点近くとるので、英語力では差はつかないような気がする。

3月

東京のユニセフハウスで開かれたJPO説明会に参加。参加者はざっと見た感じでは70人程度で、学生から社会人まで様々。リクルートスーツの人もいれば、パーカーの人もいます。外務省の国際機関人事センターのスタッフが具体的な制度や国連の給与、福利厚生などの説明をしたあと、JPO経験者から応募上のポイントなどの話がある。
(資料は外務省のウェブサイトを参照。保存用コピー: JPO_Seminar_Briefing

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ここでJPOからUNDPの人事部正規職員へ進んだOさんの

「なぜNGOでも外務省でもグローバル企業でもなく国連なのか」
「チェックボックスをより多くティックしたほうがお役所的には選考に有利」
「応募書類にストーリーを持たせて際立たせる」
「国益と個人の思いのバランスが重要」

といった指摘は、応募書類を書き進める上で重要な指針とになった。こういう助言は選考する人事センターからは出てこないと思うので貴重。会場を見渡してみてどんな人がJPO試験をうけるのかという空気感をつかむためにも、ぜひ一度は説明会に足を運んでみたほうがよい。

4月

重い腰を上げて応募書類を書き始める。

  1. 書いては消しなので、ログ管理をきちんと。
  2. 大まかなストーリー、エピソードを書き出して構成してから記載を。
  3. 希望する機関や職種は具体的に記載。他の候補者とバッティングせず、自分の専門性ともよく合致したポストを記載できているかどうか。
  4. 赴任地に関する制約は危険度(HARDSHIP CLASSIFICATION01072017 )に応じて「Aのみ」とか、「Cまで」とかいうこともできる。もちろんここで制約が多ければその分不利になるのではと躊躇するが、後から覆すことはできない部分でもあるので、偽らずに明記したほうが良い。実際、私の場合はFamily Duty Station(家族同伴可能な場所)と記載して応募したが、提示されたポストはDhaka(危険度C)やNew Delhi(同B)で生活のハードシップは高い赴任地ばかりで、特に両親などからは「なんでAってしとかないの!」と呆れられた。(でも、それじゃ受からないかもと思うのが人情。)

  5. 外務省人事センターのFAQ(http://www.mofa-irc.go.jp/jpo/dl-data/2018FAQ.pdf ) には「本欄は選考を不利にするための質問ではなく、外務省国際機関人事センターが あなたの配属を考慮するためにお伺いするものです。ご家庭の事情や健康上の 理由などにより勤務が困難な地域がある場合は、正確にご記入ください。」とあるのが公式見解。
  6. 書類は日本語と英語とあるが、まずは日本語を書き進めるほうが楽だし、おそらく重要。
  7. 英語はP-11という国連共通フォーマットとほぼ同様で、実は外務省の選考ではほとんど見られていないのかもしれないと合格者同士では話した。
  8. Referenceに含める人には事前に連絡をして了解を得るのが原則。しかし、実際にReferenceに連絡がいくとしても、二次試験に合格して、国際機関側からの照会がかかる段階になってからだろうから、応募時に必須ではなさそう。私の場合は書類選考に合格してから声を掛けた。

5月

ゴールデンウイークを使って締め切り直前まで書類作成。提出は期限の90分前に滑り込んだ。

  1. Zipで圧縮して指定の条件を満たすパスワードを掛けるという作業があるので、時間には余裕をもったほうが良い。
  2. 受け取りましたという確認メールが数日の内に送られてきた。

これで応募はおわったので、書類選考の結果を待つ。

続きはJPOへの道(2)合格まで

農村医学I・回答例

試験おつかれ様でした。回答例を掲載します。もし「こんな答えははどうですか?」「その回答は違うと思う!」というようなご質問やご意見がありましたら、コメントかメールでお知らせ下さい。

南牧村診療所・座光寺

問題と回答例

(1)二回目の講義にお呼びした市川八十吾さんによれば、戦後の南佐久地域では医師を呼ぶにはお金がかかるため、「医者を( あげ・家にあげ )るのは葬式の準備と一緒」と、芸者を家に呼ぶのと同じ言い回しで表現したという。(5点)

(2)こうした状況の中で多くの患者は病院にたどり着く頃には手遅れになって、救えるはずの命を失うことが続いた若月俊一らは、病院の職員はその力を5:3:2=入院:外来:(地域での活動(公衆衛生活動、検診、保健予防活動、文化活動など))の比率で配分すべきと主張した。(5点)
※いずれかの要素が含まれていればOK。ちなみに座光寺のTEDxTalkでは5が外来、3が入院と間違っているのはお気づきになりましたでしょうか。

(3)1961年のホワイトらの研究によると、ある1000人の地域を1ヶ月間観察すると、750人が何らかの体調不良を感じるが、そのうち医療機関を受診するのは250人程度にすぎないことがわかった。図の(    )に入る言葉を答えよ。(5点)
入院

病院に入院するということは、誰にとっても非日常的な出来事で、患者の生活のごく一部を切り取ったにすぎません。人の健康を決定づける様々な社会経済的背景(SDH: Social Determinants of Health)に配慮して、初めて病気ではなく人を診ることができると思います。

(4)以上の考え方は、後にWHOとUNICEFが1978年のアルマアタ宣言で「プライマリ・ヘルス・ケア」として定義したものと共通点が多い。では、プライマリ・ケアとプライマリ・ヘルス・ケアはどのような点で異なるのか。中学生にも分かるように平易な言葉で説明せよ。(5点)

例1)プライマリ・ケアは住民に与えられるものだが、プライマリ・ヘルス・ケアは住民自身が作り出すものである。
例2)プライマリ・ケアは医療に、プライマリ・ヘルス・ケアは保健・予防活動に軸足を置く。
例3)プライマリ・ケアはプライマリ・ヘルス・ケアの一部である。

プライマリ・ケアの定義

primary careとは、患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである。(米国科学アカデミーの医学部門による1996年の定義)

プライマリ・ヘルス・ケアの定義

Primary health care is essential health care based on practical, scientifically sound and socially acceptable methods and technology made universally accessible to individuals and families in the community through their full participation and at a cost that the community and country can afford to maintain at every stage of their development in the spirit of self-reliance and self-determination. (アルマ・アタ宣言 WHO 1978, Declaration: VI )

(5)現代では、住民の価値観が多様化し、個人主義やプライバシーを重視する考え方などから、集団で健康づくりをする従来のプライマリ・ヘルス・ケア活動が盛り上がりにくいとの指摘もある。こうした中で、あなたにできる、あなたがやりたいと思うプライマリ・ヘルス・ケア活動は何か。自由に発想してあなたの考えを教えて下さい。  (10点)

例1)村の診療所の玄関に自家野菜の直売所を作り、受診が無くても気軽に立ち寄れる診療所にする。普段から立ち寄っている場所なら、いざ困ったときにも相談しやすいはず。−−自己採点3点(住民ニーズ、地域資源、住民参加はある程度ありそうだが、結局のところ診療所における医療にとらわれており、住民自身が作り出す活動とはいえない)

皆さんの模範回答を期待しています!おこがましくも採点にあたっては、「自分だったら参加してみたいか」という視点と、プライマリ・ヘルス・ケアの4原則(住民のニーズに基づく方策、地域資源の有効活用、住民参加、他のセクターとの協調)にもとづいているかという点を重視して評価します。